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最高裁判所第三小法廷 平成8年(行ツ)139号 判決 1997年6月10日

東京都目黒区三田一丁目四番三号 恵比寿ガーデンテラス壱番館二七〇三号

上告人

牛山善政

右訴訟代理人弁護士

吉村仁

同弁理士

吉村悟

東京都文京区湯島二丁目一五番三号

被上告人

株式会社硝英製作所

右代表者代表取締役

鹿野富雄

右当事者間の東京高等裁判所平成七年(行ケ)第一二〇号審決取消請求事件について、同裁判所が平成八年三月二六日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立てがあった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人吉村仁の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する事実の認定を非難するか、又は独自の見解に基づき若しくは原判決を正解しないでこれを論難するものにすぎず、採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 園部逸夫 裁判官 大野正男 裁判官 千種秀夫 裁判官 尾崎行信 裁判官 山口繁)

(平成八年(行ツ)第一三九号 上告人 牛山善政)

上告代理人吉村仁の上告理由

一、原判决は、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違背がある。すなわち、

1 商標法第五〇条に規定する不使用取消審判の審判手続に対しては、民事訴訟法の諸規定は準用乃至類推されるのであり、民事訴訟については「弁論主義」が適用されるのであるから、当然、商標法第五〇条に規定する不使用取消審判の審判手続についても「弁論主義」の適用があるものである。

2 「弁論主義」のもとでは、要件事実は、主張責任を負っている側の当事者が主張するのであって、主張された要件事実の存否が争われ、立証の対象になるのであるから、明確に明示に主張されなければならないものである(例外的に、ごくまれには、黙示に主張していると認められ、黙示の主張が認定されることもあろうが、これは、あくまでも例外の筈であり、黙示に主張している旨認定できるに足りる十分な根拠がなければならないものである)。

3 商標法第五〇条に規定する不使用取消審判請求における、連合商標の不使用についての主張責任は、これまでの不使用取消審判の先例からしても、審判請求人の側が「取消対象の商標と相互に連合する商標の不使用」につき主張責任を負っていることは明らかである。

4 被上告人(審判請求人、被告)が提出した、平成六年八月〇二日付の「審判請求書」第6項「請求の理由」を検討するに、取消を求めている登録商標(登録第一九七八八九八号の一商標)の不使用は主張していても、どこを見ても、当該商標と相互に連合関係にある二件の商標の不使用を明示に主張している箇所は存在しない。

また、右「請求の理由」からは、被上告人(審判請求人、被告)が当該商標と相互に連合関係にある二件の商標の不使用を黙示に主張していると認める根拠となる箇所は無く、更に(仮に「『訴訟資料』と『証拠資料』の峻別」(証拠資料によって主張を補えない)という弁論主義の大前提をさて置いたと仮定しても)右「審判請求書」に添付された書類から、被上告人(審判請求人、被告)が当該商標と相互に連合関係にある二件の商標の不使用を黙示に主張していると認めることもできない。かつ、特許庁の平成七年三月二七日付の「平成六年審判第一三二一五号」審決である本件審決のどこを見ても、斯かる連合商標の不使用を被上告人(審判請求人、被告)が黙示に主張したと認定している箇所は無い。

5 しかるに、原判決は、原判決の「理由」中、その第2項第(2)号「取消事由2(不使用)について」<2>において、「…審判請求書…の記載は、被告代表者が行ったためか…要件とするところを…順序よく記載したものとはいえないが、請求の趣旨として、理化学機械器具について本件商標の登録の取消しを求める旨記載され、審判事件の表示の欄にも、請求の理由(1)の欄にも、本件連合商標1及び2の存在について記載されているものであり……全体として理解すれば、被告は、……本件商標のみならず、本件連合商標1及び2についても…使用していないことを主張していたと認められる…」とする。

6 右第5号記載の原判決の判断は、「…全体として理解すれば……本件連合商標1及び2についても…使用していないことを主張していた…」とするものであり、「弁論主義」に反する違法な理由付を「全体として理解する」という手段にて行なうものである。

(一) 「…請求の趣旨として、理化学機械器具について本件商標の登録の取消しを求める旨記載され…」ているからといって、「請求の趣旨」記載の判決(審決)の根拠となる個々の要件事実についての記載不備を補う効果を認める法律の条項は存在しない。「請求の趣旨」記載の内容を理由あらしめるための事実が要件事実(請求原因事実)であり、「請求の趣旨」の記載から要件事実(請求原因事実)を填補するのは本未転倒である。

もし、これを認めると、例えば「請求の趣旨には、問題となっている家屋の明渡を求める旨記載され」ていれさえすれば、要件事実(請求原因事実)として、賃貸借契約の債務不履行に基づく解除による明渡しなのか、使用貸借期間満了に基づく明渡しなのか、はたまた所有権に基づく妨害排除請求権に基づく明渡しなのか、要件事実の主張が不備であっていかようにも解釈できる場合にも、「全体として理解する」という手段にて、適宜、判決時に裁判所が要件事実(請求原因事実)を補い、請求認容判決を下せることとなり、法的安定性・予測可能性を著しく害する。

要件事実は、主張責任を負っている側の当事者が明示に主張して明らかにするべきで(又は、明示の主張が認められず、かつ、救済する必要が生じているような場合には、黙示の主張が認定できるかを考慮して、黙示の主張ありとの構成が可能な場合にのみ、「黙示の主張あり」との手段にて例外的に救済すべきであって)、その不備を「請求の趣旨」の記載から逆に填補しようとするのは本末転倒である。

(二) 「…審判事件の表示の欄にも、請求の理由(1)の欄にも、本件連合商標1及び2の存在について記載されている…」としても、そのことを以ってしても連合商標の不使用を主張している根拠にはならない。

「審判事件の表示」の欄には、「第一九七八八九八号の一(連合商標第二四二九五二一号、第二五六五〇八九号)登録商標取消審判事件」と記載されているのであって、この記載からは、被上告人(審判請求人、被告)が本件商標と本件連合商標二件の合計三件の取消を一通の「審判請求書」によって出来ると誤解して審判請求書を提出し三件の商標の取消を試みているとの解釈はできても、連合商標の不使用の要件事実を主張しているとの手掛かりになるとはとても解釈できない。記載されている場所も「請求の理由」の欄中ではない。

また、「審判請求書」第6項「請求の理由」第(1)頃の「…本件商標は英文字で『EXCEL』の下部へ、日本字の片仮名で『エクセル』とした連合商標を商願昭六二-一一八九三〇号で出願し、平一-二八九二一号で公告となり、連合商標登録第二四二九五二一号、第二五六五〇八九号として、連合商標第一九七八八九八号の一、で登録されたものであります…」との記載からは、斯かる文章自体が日本語の文章として主語・述語関係がおかしいこともあって、かろうじて連合商標二件の存在を主張しているであろうことは推察できるにすぎず、被上告人(審判請求人、被告)が「連合商標」とは法的には一体何であるかを理解して、その上で斯かる記載を行なったのか疑わしいものである。

よって、「審判事件の表示」の欄に「第一九七八八九八号の一(連合商標第二四二九五二一号、第二五六五〇八九号)登録商標取消審判事件」と記載してあること、また、「審判請求書」第6項「請求の理由」第(1)項に「…本件商標は英文字で『EXCEL』の下部へ、日本字の片仮名で『エクセル』とした連合商標を商願昭六二-一一八九三〇号で出願し、平一-二八九二一号で公告となり、連合商標登録第二四二九五二一号、第二五六五〇八九号として、連合商標第一九七八八九八号の一、で登録されたものであります…」と記載してあることを以ってしても、連合商標の不使用の要件事実を主張しているとの認定にはならないのである。

(三) 「弁論主義」は、当事者対等、私的自治に基づくものであって、要件事実は、主張責任を負っている側の当事者が主張するのであり、要件事実の主張を行なわなかった(又は主張が不備であった)のであれば、そのことに起因する敗訴の責は、主張責任を負っているにもかかわらず主張しなかった(又は主張が不備であった)当事者の側が負うものである。「…審判請求書の記載〔を〕被告代表者が行った…」ため、必要とされる要件の一部に脱漏が生じたとしても、それは、専門家である弁理士・弁護士に依頼できたにもかかわらず依頼せずに、自ら審判請求を提起した被上告人(審判請求人、被告)の責任であって、被上告人(審判請求人、被告)が不利益を負担すべきものである。

上告人(審判被請求人、原告)は、右「審判請求書」の送達を受け、内容を検討したが、要件事実が総て記載されておらず、「弁論主義」に照らして、主張責任を負っている被上告人(審判請求人、被告)が欠缺している要件事実を追完した後に答弁書を提出し応答せんとし、追完がなければ要件事実不備にて請求棄却になるから、何もすぐに答弁書を提出して応答する煩をとることもないと信じていたのである。ここで特に強調しておきたいのは、本件は、被上告人(審判請求人、被告)の側で提起してきた紛争であり、上告人(審判被請求人、原告)は、防御する側で、被上告人(審判請求人、被告)により審判という紛争に巻春込まれたという事実である。「弁論主義」に基づき応答しなくとも要件事実不備にて請求棄却になるという信頼に対して、「…全体として理解すれば…主張していた…」というのは、上告人(審判被請求人、原告)に応答の義務を負わせ、あまりに法的安定性・予測可能性を害するものであると言わざるを得ない。

7 よって、原判決は、その「理由」中に、商標法第五〇条に規定する不使用取消審判の審判手続に対して準用乃至類推される民事訴訟法の大原則である「弁論主義」につき、違反する理由付があり、この違反が無ければ、明示にも黙示にも連合商標の不使用の主張が無かったこととなり、判決に影響を及ぼすから、民事訴訟法第三九四条に該当するものである。

二、原判決は、判決に影響を及ぼすことが明らかな重要事項について、理由に齟齬がある。すなわち、

1 原判決は、原判決の「理由」中、その第2項第(2)号「取消事由2(不使用)について」<3>において、「…本件審決書は、明示か黙示かを問わず、『請求人は、・・・その理由として本件商標は商標法第50条に該当するものであるからその登録は取り消されるべきであるとしている。』と請求人である被告の主張をまとめていることが認められる。この記載は……少なくとも黙示に連合商標の点についても請求人から主張があったとの意味も含むものと解せられる。したがって、連合商標2件についての主張ありと認定した旨の記載が欠落しているとの原告の主張は採用できない…」と述べている。

2 しかしながら、原判決は、原判決の「理由」中、その第1項において、「…同2(審決の理由の要点)については、当事者間に争いがない…」としている。そこで、原判決の「事実」第2「請求の原因」第2項「本件審決の理由の要点」第(4)号を見るに、本件審決の理由中には「…よって按ずるに、商標法50条による商標登録の取消審判の請求があったときは……被請求人において、その請求に係る指定商品について当該商標を使用していることを証明し……ない限り、その登録の取消しを免れない…」と記載されているとしている。

3 当事者間に争いが無い事実はこれを前提にして判決を下さなければならないところ、右第2号で指摘したように本件審決の理由中には「…その請求に係る指定商品について当該商標を使用していることを証明し……ない限り、その登録の取消しを免れない…」とのみ記載されているのであって、決して「…その請求に係る指定商品について当該商標を使用していること又は当該商標と相互に連合する商標を使用していることを証明し……ない限り、その登録の取消しを免れない…」と記載されているのではない。

4 仮に、本件審決の理由中に「…その請求に係る指定商品について当該商標を使用していること又は当該商標と相互に連合する商標を使用していることを証明し……ない限り、その登録の取消しを免れない…」と記載されているのであるならば、原判決の「理由」第2項第(2)号<3>のように、「…『請求人は、・・・その理由として本件商標は商標法第50条に該当するものであるからその登録は取り消されるべきであるとしている。』と請求人である被告の主張をまとめていることが認められる。この記載は……少なくとも黙示に連合商標の点についても請求人から主張があったとの意味も含むものと解せられ…」、原判決は全体として理由に齟齬のない判決であったであろうが、実際には、右第3号に記載したように、本件審決の理由中では「…その請求に係る指定商品について当該商標を使用していることを証明し……ない限り、その登録の取消しを免れない…」と、取消審判の対象たる「当該商標」の使用事実の立証のみ言及しているのであるから、本件審決の理由について「…当事者間に争いがない…」としている以上、原判決は、判決の理由に齟齬が生じているのは明白である。

5 この齟齬は極めて重要である。すなわち、被告(審判請求人)が「連合商標の不使用」につき明示にも黙示にも主張七ていないことが明らかであるばかりか、特許庁の審判部も「連合商標の不使用」の問題につき、看過したまま本件審判決を下してしまっているのである。本件審決は、特許庁が行なったものであり、法的知識に疎い被告代表者のような者が行なったものではないから、「…全体として理解すれば…」という方法による救済も成り立たない。このように、斯かる判決の理由の齟齬は、本件審決が「連合商標の不使用」につき黙示の主張を認定していない(「連合商標の不使用」につき一切考慮していない)点を看過するものであるから、当然、極めて重要な齟齬となる。

6 よって、原判決は、民事訴訟法第三九五条第一項第六号に該当するものである。

三、原判決は、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違背がある。すなわち、

仮に、右第二項に記載した原判決の理由の齟齬が民事訴訟法第三九五条第一項第六号に該当する程度のものではなかったと仮定したとしても、右第二項に記載した原判決の理由の齟齬は、本件審決の理由中の「…請求人は…その理由として、本件商標は商標法第50条に該当するものであると主張した…」とある箇所と同「…その請求に係る指定商品について当該商標を使用していることを証明し……ない限り、その登録の取消しを免れない…」とある箇所とを十分に対比検討した上で、本件審決が「…連合商標の点についても請求人から主張があった…」か否かを判断していない審理不尽の違法があり、これらを十分に対比検討したとすれば、「…連合商標の点についても請求人から主張があった…」との結論にはならず、原判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決は、民事訴訟法第三九四条に該当するものである。

以上、いずれの点から見ても原判決は違法であり、破棄されるべきである。

以上

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